2008年06月30日

会社を辞めるきっかけ

T氏が辞めた事は、結構影響があって、これまでの受け持ち代理店や

今の担当地区からも会社宛に嘆願書が出たり、社長自ら、M部長に対

し引止めの指示をしたりしましたが、彼は頑として首を立てには振り

ませんでした。

聞くところによると、M部長は社長命令で三度彼を訪れて説得したそう

ですが、無駄のようでした。

僕にしても、最も信頼していた同僚でしたから、心にぽっかり穴が開

いたようなさびしい思いでいっぱいでした。

その後は、僕もどちらかというと、四国よりも東北の仕事が多くなっ

て、殆んどF県のI市とM県のS市を行き来していましたが、そんな

中、ある代理店の担当を任されるようになったのが、会社を辞めるき

っかけになったのです。
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2008年06月25日

その涙の重さを考えた時

その時から僕の仕事は四国と東北との掛け持ちになってしまいまし

た。

そして、とうとうT氏が辞める事になりました。

それは、四国U市での社長講演が開かれた当日の朝の事です。

社長講演はそれまでは東京でしか行われていませんでしたが、騒ぎが

あってからは、結構頻繁に地方でもやるようになっていて、四国でも

初めてやることになったのでした。

前日の準備のために西日本地区の社員が全員泊まっていた某ホテル

から、突然T氏が居なくなってしまったのでした。

それまでも代理店泣かせの会社の理不尽なやり方に、深い憤りを持っ

ていた彼は、日頃のM部長やI代理店の事もあって、とうとう社長宛に

辞表を残して、その日の朝一番の電車で自宅を目指したのでした。

僕はその日は総合司会を命ぜられていましたので、朝早く目を覚まし

て段取りを考えていましたが、何となく予感めいた思いが働き、T氏の

部屋を訪ねたところ、部屋はもぬけの空であわててフロントに行った

ら、T氏はさっきチェックアウトされましたとの事。

急いで駅に駆けつけたところ、彼は待合室にぽつんと座っていました。

「Tさん、早まらないでよ。気持ちは判るけど、今辞めたら僕らの負

けになるよ。もう少し頑張ろうよ。今から僕と一緒にホテルへ戻ろ

う。」僕がそう言うと、「Mさんの気持ちは凄く嬉しいけど、もう自分

の我慢の限界を超えてしまったよ。頼むからこのまま行かせて欲し

い。」そう言うT氏の目からは涙が滲んでいました。

その涙の重さを考えた時、僕は引き止める事が出来ませんでした。
posted by 50おっちゃん at 20:09| 福岡 ?J| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月24日

体の良い所払

当時、I代理店とM部長の影響はかなりのものがあって、それまで殆ん

どの会員や担当者は全てに萎縮しているようで、自分達で積極的に行

動することも出来ず、ただ二人の指示に従うだけのようでしたが、

僕はその人達に「僕が全部責任を負うから、もっと自立しなさい。

自分達で自主的に行動しましょう。セミナーなども自分達で計画

してやりましょう。インストラクターとしても僕が応援しますから、

頑張って。」と言ってT氏を始め他の課員にも積極的に支援を指示

しました。

案の定、T氏と同じように僕にも徐々に締め付けがやって来ました。

地元に僕がいると何かと都合が悪くなってきたのか、ある日、M部長

が僕を呼んで「実は自分の故郷(東北)のM県に、友人がいて、

うちの代理店になっているんだが、ここの業績を伸ばしたいのだが、

ここには是非お前の力を貸して欲しい。すまないが時々はそちら

にも行って欲しい。」なるほど、体の良い所払いでしょう。(笑)
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2008年06月20日

首を覚悟で、もう一戦

僕はT氏の事もあって、「冗談じゃない。在庫を抱えてきつい思いを

するのは、現場の担当者と代理店、特約店なんだ。僕は責任者とし

て、それを善処しなければならないんだ。あなたの面子や都合なん

かどうでもいいんだ。」とやり返しました。

部長が僕の胸倉を掴んで今にも殴りかかりそうになったのを見て、

周りの人間があわてて止めに入りましたが、その時だけは僕も一歩

も引きませんでした。「やるならやってやろうじゃないか!」と僕

も掴み返したものだから、周りは騒然となり、歓迎会はしっちゃか

めっちゃか、とうとうその場でお開きになってしまいました。(笑)

次の朝、部長の部屋に呼ばれた時は、首を覚悟で、もう一戦と考え

ていましたが、拍子抜けするほどあっけなく、「昨日の事は忘れろ、

それより、お前の言うとおりこれからしばらくは実績と在庫処理を

上手くやってくれ。」と言っただけで終わりでした。

それからは、彼の僕に対する信頼度は少し高まって来たような気が

します。

ただ、逆に僕の心の中にはM部長との間に一線の溝が芽生えて来たの

でした。

丁度、T氏がそうであったように・・・
posted by 50おっちゃん at 19:37| 福岡 ?J| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月19日

部長昇進の条件

この騒ぎの陰にはもっと複雑な問題が隠れていて、その事もT氏にとっ

ては我慢のならない事だったみたいで、その事に対しても無言の抵抗

をしたみたいです。

その理由というのは、今度のM部長の昇進に絡んだある事があって、

それにより傘下の会員がどれほどきつい思いをしているのかが分かっ

て、一人憤慨していたのでした。

実は今度の会社乗っ取り騒ぎの後で、業績ががたんと落ちた時に、

M部長は社長に呼ばれて部長昇進の条件に自分の担当地区で900

セットを達成する事を約束させられていたらしく、それをI代理店に

頼んで傘下の会員さんに無理矢理購入を迫り、多くの人が沢山の

在庫を抱えさせられてしまったという事でした。

その事は、もちろん公には伏せられていましたので、他の地区の担当

には分からない事でしたが、僕はT氏から聞いていたので、その辺の

事情はよく分かっていました。

そこで、僕は何気に「部長、今傘下の人の在庫の数はいったいどのく

らいあるのですか?今後、実績と一緒に在庫の処理もやってあげない

と会員さんが困るでしょう。

これから計画を立てて、新規の商品販売と、皆が抱えている在庫の

処理のバランスを考えていかなければいけないと思うから、教えて

いただけませんか?」と言うと、突然大声で「在庫の事は誰から聞

いた?お前には関係ないだろう!余計な詮索はするな。」と叫び、

持っていたビールのグラスを床に叩きつけて怒り出しました。
posted by 50おっちゃん at 20:46| 福岡 ????| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月17日

無言の抵抗

ところが、しばらくすると、それが気に入らないI代理店に疎まれるよ

うになったらしく、何かと反目していたみたいで、M部長もT氏の事は

特別に眼をかけて可愛がってはいたものの、I代理店の手前何かと辛く

当たるようになっていたみたいです。

そんな中へ僕が新しく赴任していったわけですが、よりによってその

日に当て付けるようにボイコットしてしまったのでした。

でも、僕にはその事は事前に言ってくれていたので、僕自身は別に気

にはならなかったのですが、ちょっとしらけた雰囲気になってしまい

ました。

ところが、その日はそれでは収まらなかったのです。

この騒ぎの陰にはもっと複雑な問題が隠れていて、その事もT氏にとっ

ては我慢のならない事だったみたいで、その事に対しても無言の抵抗

をしたみたいです。
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2008年06月16日

二人の癒着

実は、T氏とはK代理店から離れた後も、ずっとTELでよく話をしていたので、四国の事情は事前によく分かってはいました。


何ででしょうねえ。ここにも前のS部長とK代理店のような関係があったのです。


実は、M部長はK市のI代理店のところで実績を積んで出世したようなもので、この二人の癒着もここでは『M天皇にI皇后』と言われるほど有名なものになっていて傘下の会員達にとって絶対的な権力を振るっていたのです。


何をするにしても、この二人の承諾が無ければ行動する事も出来ず、ここの会員の中には先の騒動をきっかけに組織を脱退した人もかなりいたようで、相当問題を含んでいるという事はT氏がTELでぼやいていたのです。


それでもT氏は正義感の強い人でしたから、こっそり下位の特約店のために骨身を削って働いていたので、実際に僕が現地を廻ってみると、会員からの支持は相当なものでした。
posted by 50おっちゃん at 22:48| 福岡 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月15日

赴任初日に・・・

M部長も課長時代はそんな風には思えなかったのですが、部長になったとたんに何か態度もちょっと傲慢になって来て、回りからちょっとお世辞を言われて持ち上げられると機嫌が良くなり、逆に耳障りの悪い話をすると極端に不機嫌な態度をとるようになって来ました。


実は、前のS部長もそんな感じだったのですが、M部長に限ってはそんな事は無いだろうという僕の思いは見事に裏切られました。


僕が課長として四国の担当になり赴任した初日に、ちょっとした事件がありました。


そこには以前僕の上司としてK代理店を担当していたT氏が赴任していて、僕は何よりもまたT氏と一緒に仕事が出来るのを楽しみにしていましたが、どうもT氏の様子がちょっとおかしかったのです。


赴任初日に、M部長は2課の社員全員と、主だった地元の代理店を集めて僕の歓迎会を催してくれたのですが、そこにT氏とT氏の部下の姿が無かったのです。


理由は大体察しがついていたのですが、まさかそこまで大胆な反旗を翻すとは思っていませんでした。
posted by 50おっちゃん at 22:56| 福岡 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月14日

イエスマン

結局西日本を3つに分け、関西、中、四国と北九州と南九州の3課長が任命され、僕は中、四国の課長になってしまいました。


僕の地区担当も、M部長の意向によって、僕を身近に置いておきたい為に、それまで自分が課長として担当していた四国を選んだのでした。


実はその事が後でいろんな意味で僕が苦しむ事になったのですが、その時からある程度の予感はあったのです。


他に選ばれた二人の課長は結局僕が推薦した人ではなく、南九州はF氏、北九州はI氏という事になりました。


そのうちのF氏は就任後わずかで不首尾があって退職しましたので、間もなく代わりにその部下だったT氏が担当することになるのですが、この男ものちに大変な背信行為があって、裁判にまでなった事件を犯し会社を去る事となったようです。


なったようですと言うのは彼が僕より後に退社したので、他から理由を聞いたためです。


でもどこへ行っても一緒なのかもしれませんが、どうして上に立つ人はイエスマンを好むのでしょうかねえ。
posted by 50おっちゃん at 22:01| 福岡 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

普通の神経では中々持ちこたえる事も困難

実のところ、この会社は昇格すればするほど、状況的には追い込まれ

ていくという事を知っていたのです。

課長以上になると、毎月本社の営業会議のたびに、社長室に呼ばれ

て、実績や目標についての追求を厳しく受ける事となり、普通の神経

では中々持ちこたえる事も困難で、それまでにも何人の先輩社員が辞

めていった事か・・・



元々この会社は、給料などの待遇は結構いいのですが、ノルマとかは

かなりきついので社員の定着期間は平均でも3〜4ヶ月くらいの厳し

い会社でした。

それでも係長くらいまでは、直接社長の叱責を受ける事は殆んど無

く、自分のノルマさえ果たしていれば、割と気楽に仕事が出来ていた

のです。

それが課長となるとそうも行きません。

自分の成績と言うより課の成績として責任を追及されますので、

ちゃんとした部下を持たないと、結局は自分が詰め腹を切らされる

ことになります。

ところが、そんな僕に試練は容赦なくやって来ました。
posted by 50おっちゃん at 00:27| 福岡 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする